青天を衝け第二話では、タイトルの通り、渋谷栄一の故郷で執り行われるお祭りがどうなるか
また、徳川慶喜が舞を披露する話となっていました
栄一が慶喜公と出逢うのはまだ先ではありますが、いよいよ江戸にペルーがやってきます
これからどうなるか、さらに楽しみです
渋谷栄一が祖国のお祭りを大事にしていたことがよくわかる内容でした
青天を衝け~栄一、踊る~
冒頭、徳川家慶による江戸幕府についての解説から始まります
江戸幕府はよく鎖国していたと言われているが、完全に鎖国していたわけではない
アイヌや朝鮮、琉球とはそれぞれ大名を介して交流を図り、長崎では徳川自らオランダや清国と活発的に貿易をしていた
江戸幕府ができ、200年も経つと知らない外国の船が日本の港にやってくるようになっていた
イギリス、フランス、ロシア、アメリカはこぞって東アジアと交易をしようと狙っていた
◆9歳になった栄一は少しずつ父親の仕事を教わるようになっていた
栄一の実家は、各地の藍農家を廻り、藍葉を買い付ける仕事もしていた
◆村での祭り
毎年1年の五穀豊穣と悪癖退散を願うための大事なお祭りで村中の人が楽しみにしていたが・・
◆血洗島の渋沢家を含む一体を収める岡部藩の代官がやってきた
出向いてきた利根吉春(岡部藩代官)が、岡部の若殿様が6月に江戸に出向くことが決まり、10日間道の整備のために100人の手伝いと御用金2000両を用意するようにと言った
6月は渋沢家として蚕や藍の仕事が最も忙しい時期であり、何とか80人か90人に減らしてもらえないかと嘆願するが・・
結局、お上の達しに対して言うことを聞くことしかできず、代官様への手助けと藍の繫忙期への対応のために、お祭りはできないと判断せざるを得ない状況になってしまった
◆祭りはなくなったと村の人に伝え、村の人たちは納得したが栄一ひとりは納得しなかった
どうしようもなく、このまま祭りはなくなっていくのか・・
栄一は「みんなが嬉しいのが一番いいのに、どうしてうまくいかないのか」と悩む
◆そのころ、江戸城の一橋邸では
一橋家に入った七郎丸は、将軍の家慶の慶の字を賜り、徳川慶喜となっていた
上様である第12第将軍徳川家慶は慶喜を大そう気に入っていた
その一方で、七郎丸(家慶)の父親である水戸前藩主の徳川斉昭は、幕府の命により隠居生活をさせられていたが、水戸にいる藤田東湖を含めた水戸藩では何とか徳川斉昭を復帰させようと画策していた
水戸の期待、一橋の期待を抱え、七郎丸は徳川慶喜となったのである
◆栄一たちの村では、殿様への労役に出向く時期となり、また一年で最も蚕や藍の仕事で忙しい時期になっていた
男たちは昼間は労役で土木作業を行い、昼がくれて戻ってくると藍の仕事、女・子どもも関係なく村総出で労役に仕事にと対応していた
忙しく日々が過ぎていく中、栄一は何かを思いつく・・
◆無事に労役も終わり、藍の刈り取りも終わったところで、笛の音が聞こえてくる
獅子舞・太鼓・笛の音が・・!
栄一たちが、お祭りの象徴である獅子舞と太鼓・笛で盛り上げる
村の人たちは、たいへんで疲れているなかでもお祭りをすることで気を上げた
栄一たちはなんとか村の人たちに喜んでもらおうと考えたのである
その後、数年たって大きくなっても、祭りを大切にして栄一は過ごしていた
子どもの頃から村の人たちを何とか喜ばせようとした栄一の気持ちは、今後の日本人全員を喜ばせようと奮闘していくことに繋がっていくのである
◆栄一といとこの渋沢喜作、尾高長七郎との切磋琢磨
*大成の世は終わり、百姓でも剣の心得が必要になっていた
剣の達人な尾高長七郎やいとこの渋沢喜作と農民でも剣を教わり、勉学に励み切磋琢磨して過ごしていた
様々な本を読む中で、栄一は江戸やシャム(タイ)の国にいきたいと願うようになっていった
◆徳川家では、子に恵まれずご実子より慶喜を寵愛するようになっていた
*徳川慶喜による能の披露
◆ペリー来航
長崎に条約締結を求めて、メリケン(アメリカ)が艦隊を派遣してきた
◆栄一も江戸に行けることになった
ついに、ペリーが来航してきた!
栄一もやっと江戸に行けることになったが、日本はどうなるのか?
徳川はどうなるのか?次回も楽しみです!
諏訪神社(血洗島)
現在の拝殿は澁澤榮一が寄進したもの
ふるさとを大事にしていた栄一は晩年祭りの度に帰省して村人が演じた行事を楽しみにしていたようです
現在も血洗島獅子舞は地元の人たちに引き継がれ、執り行われています
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